マツコの知らないインクの世界 その壱

この記事は、今年7月から始まった会社の社員ブログに寄稿した内容です。

以前の記事で、稚拙な文章ながら“万年筆”について書かせていただきました。
今回から不定期で、その万年筆の血液とも云える「インク」についてあれこれ綴ろうと思います。とは言え、一度に様々な色のインクを語り尽くすのはimpossibleですので、何回かに分けて。

記念すべき(?)第一回は、ブルーブラックです。

万年筆のインクって?

先ず初めに、(万年筆の)インクってどんな種類があってどんな特徴があるのか?を簡単にまとめてみました。

  • 染料インク
    世の中の殆どの「万年筆のインク」が、この染料インクです。その名のとおり、色の原料(色材)に染料が用いられています。扱いやすい・万年筆への影響も起こりにくいということから、ビギナーでも安心して使えるというメリットがあります。反面、水に流れやすい(耐水性に乏しい)、光による退色がある(耐光性が無い)などの弱点があり、公的文書や長期保存に向かないとされます。
  • 古典インク
    古典と言いましても芸能ではございません(笑)。没食子インクと呼ばれたりもします。酸(タンニン,没食子)及び鉄イオンを染料インクに加えたインクです。特徴としては紙面上で次第に染料が失われ、黒ずんでゆく点です。つまり酸化することで紙面に定着し、耐水性・耐光性を確保する仕組みです。染料インクと違って定期的な手入れが必要となります。古典インク イコール ブルーブラック…というのが長年の定説(?)でしたが、最近はグリーンやレッド、ブラウンなどバリエーションも(若干ですが)増えています。
  • 顔料インク
    色材に顔料を用いたインクです。ご存知のように、顔料は水に流れない性質を持っており、染料インク,古典インクよりも耐水性・耐光性に優れています。ですが、一旦固まってしまうとなかなか溶けにくいが故に、万年筆内部で固まると単に水洗いしただけでは落ちてくれません。最近では特殊な洗浄溶剤も売られてますので、昔ほど大騒ぎすることもなくなったようですが…古典インク同様、定期的な手入れは必須です。

それぞれにメリット・デメリット、向き・不向きがありますね。今回取り上げるブルーブラック、本来であれば古典インクのこと…になるのですが、今では染料でも顔料でも、ブルーブラックという色合いを各メーカーの解釈で表現したインクが多く出ています。まぁ、なんちゃってブルーブラック、とでも言いましょうか…。

私が一番好きな万年筆のインク。それは古典のブルーブラックです。耐水性・耐光性がある/染料インクよりも滲みにくく、裏抜け・裏写りしにくいといった機能面だけで言えば顔料インクでも充分事足りますし、単に色合いだけで見れば染料・顔料インクでも好みのブルーブラックはあるのですが、やはり、経年経過で最終的には黒・墨のような色になってしまう古典のあの独特な色合いにはかないません。いつまでも色鮮やかに、とはならず、移ろいゆく時の流れに思いを馳せる愉しみと言いますか…(今、あなた笑ったよね?

ところで、現在国内で古典インクを製造しているメーカーはプラチナ万年筆のみです。海外では“御三家”と称されたモンブラン,ペリカン,ラミーの内、既にモンブランとラミーは製造を打ち切ってしまい(現在店頭で売られているのは「染料版ブルーブラック」)…。製造中止の詳しい理由は公開されていないので憶測にしか過ぎないのですが、一部ではビギナーユーザーからのクレーム(手入れを怠って万年筆が書けなくなった、など)をサポートしてられない為だとか。
近年では日本でもドイツのローラー&クライナーや、ポーランドのKWZ Inkなどが買えるようになり、旧来の古典インク・ファンからも歓迎されている状況です。

没食子インク – Wikipedia

ブルーブラックあれこれ

ブルーブラック…なんて素敵なネーミングなんでしょう!

もしも。街のカフェで。
ブルーブラックを入れた万年筆で書きこんだノートをうっかり落としてしまい、それを拾ってくれたのが白石麻衣さんだとします。
『このインク…素敵な色ですね。何て色ですか?』
『ぁ、これですか?ブルーブラックですよ』
『まぁ素敵。もっと詳しく教えてくださる?』
こんなシチュエーションがいつ何時あるかも知れません。なので、世の紳士は黙ってブルーブラックを使うべきです。…………。

まぁ、そんな邪な雑念はさておき、実際にブルーブラックの色合いを見てみることにしましょう。以下、お見苦しい・お目汚しの汚文字が並びますが、暫く我慢してお付き合いくださいませ。

所謂ブルーブラック系インクは他にも幾つか持っているのですが、「現時点のスタメン組」を登場させてみました。

これは上からペリカンのブルーブラック、モンブランの古典版ブルーブラック(Midnight Blue)、プラチナのブルーブラック。如何でしょう、一口に“ブルーブラック”と言っても、メーカーによって全然色合いが違います。ペリカンはややグレーを帯びた落ち着いた青。モンブランは茄子色と呼ばれる黒に近い濃紺。プラチナは「これのどこにブラックの要素が?」と仰け反ってしまう程、青々としていますね。

こちらは上からKWZ Ink IG Blue#1、アウロラのブルーブラック、ウォーターマンのブルーブラック(Mysterious Blue)、再度ペリカンのブルーブラック、です。アウロラ(伊製)とウォーターマン(仏製)は染料インクです。面白い(?)のがウォーターマンのMysterious Blueでして、書いた直後は深い青色なんですが、直ぐに緑色/ペトロールに変化(マニアの間では緑変と呼ぶ)します。日本のパイロット社が出している「色彩雫(いろしずく)」というインクシリーズの“松露”も似たような変化があります。

ディスコンとなったモンブランのMidnight Blueです。古典ブルーブラックの中では最愛の(笑)インク。この茄子色の美しさと言ったらもう…家で焼き茄子が食卓に並ぶとこのインクを思い出します。(嘘)
何年か前、このインクがディスコンになる!と聞いた時は、都内はおろか、茨城まで探し回ってストックに奔走したこともありました(笑)。モンブランとラミー、なんとか復活して欲しいなぁ。

御三家の中では、未だに古典ブルーブラックを造り続けてくれている、ペリカンのブルーブラック。セクスィーですよね?(笑)

国内唯一の古典ブルーブラック、プラチナ万年筆のブルーブラックです。社長風に言いますと『こんなんブラックの表記いらんやん!ブルーでええやんブルーで!』はい、ごもっとも(笑)。しかしながら、根強い人気をずっと保ち続けている重鎮インクであります。

アウロラのブルーブラック。今や染料となってしまったモンブランのMidnight Blueよりも、古典時代の色合いに近いのでは…なんて囁かれています。このインク、ある筋から実は顔料インクなんだって!と情報を得たのですが、顔料インクの割には耐水性が無いので本国イタリアのアウロラ本社に問合せのメールを送ったことがあります。速攻、日本の代理店から『成分につきましては、極秘の為に一切お答え出来ません!』と返信がありました…。いえいえ、どういう成分か云々ではなく、万年筆のケアの意味も含めて染料なのか顔料なのかを知りたいだけですと返しても、『お答え出来ません!』の一点張り(笑)。イタリア人ってもっとおおらかなんちゃうのん?少なくとも20年くらい前にイタリア旅行した時に会った人達はラテン系やったで…と思ってしまったのは関係無い話です。

汚文字のオンパレード、誠に申し訳ございません。もう少し我慢してくださいね。
唐突ですが、紙の色って圧倒的に白が多いですよね? 視認性を考えると一般的には黒色のインクが適していると思いますが、例えばWebサイトでは、文字色はまっくろくろすけではなく、微妙に薄い(グレー寄りの)黒になっています。その方が目に優しく読みやすいからです。
ですが…実際に白い紙にグレーでつらつらと字を書いてみますと、『遺書?』『お経?』『御霊前?』ってなってしまいますし(笑)、意外に視認性は悪くなります。
そこで、ブルーブラック兄貴の登場となるわけですよ! 黒だとコントラストが強くて目がチカチカ、青だとカジュアル過ぎる。ご安心ください、ブルーブラックなら視認性も目への負担もオフィシャル性も全てクリアです!

先程から「古典インクは耐水性がある」と述べていますが、実際にここでテストしてみましょう。そうです、エンジニアにとって『テスト』は喰う寝るサボると同じくらい、自然にさり気なく出来なければいけません。
GRAPHILOという神戸の製紙会社が独自に造った紙に、ペリカン,モンブラン,プラチナ,セーラーの染料インク,蔵前にあるオーダーメイド・ノートで有名なカキモリのオリジナル顔料インク,独製ローラー&クライナーの古典インク,アウロラの染料インクなんかで適当に書いてみました。2日程寝かせた後、これに水をぶっ掛けてみましょう。

流水後。顔料インクはやはりびくともしませんね。全く滲んでさえいません。セーラーとアウロラはきれいに流れてしまっています。古典インク系は、染料部分が流れてしまったものも一部ありますが、しっかり残っていますね。おかわりいただけたでしょうか。

“経年経過で黒・墨のような色になる”…という証言ですが、これは数年前にトラベラーズノートに書いたモンブラン,ペリカンのブルーブラックです。酸化しきった後と言いますか、完全に染料部分は抜けていますね。おそらく紙が朽ち果ててしまわない限り、ずっと文字は残っていくはずです。

お手入れについて

最期に少しだけ、古典インクを吸入した万年筆のお手入れの話を。水洗いするのは基本中の基本ですが、古典インクの場合は単に水洗いしただけでは不完全です。
成分として鉄や酸が入っているインクですので、長く使用しているとペン先でインクが酸化して滓が発生し、インクの流れが悪くなったり諸々弊害が起こります。
そこで有効な手段となるのが、このアスコルビン酸、ビタミンCです。つまり、酸化して水に溶けなくなった鉄(タンニン類キレート化合物)を、アスコルビン酸で還元するのです。薬局で普通に売ってます。ビタミンCなので飲んだって平気、人体への悪影響は皆無です。

これで1%水溶液を作って洗浄するのです。ま、手間と言えば手間かも知れませんが(笑)。
これは古典インクに限らずの話になりますが…究極のお手入れって、毎日、万年筆を使うことです。最終的にはこれに尽きるのでは…と思います。

…ということで、ブルーブラック編はあっけなくおしまいです。いきなりピンポイントな話ではなくて、もう少し入門編的な内容にすればよかったかなぁ…と反省しております。その辺りはまた、どこかで。

因みに。「マツコ」とは“あの”マツコではなく、以下の「マツコ」ですので(笑)。

スナックまちねこ

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